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Michael Haneke

Das Weisse Band

category: Film, Movie

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Jan,10 2011 2:00 PM

ミヒャエル・ハネケ監督作品の"白いリボン"をようやく観に行く。
144分と云う長さをまったく感じさせない傑作だった。
ハネケ作品特有の中毒性のあるイヤ〜な不安感は健在で、村人達同士、大人と子供、更には時代の変革における社会の不安感を完璧とも云える構成で描き出している。
白いリボンを象徴とする純粋さを主題とし、規律と反駁と疑心暗鬼の渦の中で何が本当に純粋なのかが問われており、
映画のこちら側の安全な世界で観賞している筈なのに実際に自分の回りで起こっているかのごとく錯覚してしまう。
回答を与えないハネケ作品において、行間ならぬ『間』と云うものが、この作品においても目に見えない疑念や不安感を見事に演出している気はする。
そしてその様な演出こそがハネケ監督の観客に対しての最大の敬意なのであり、この慎ましやかな姿勢がまたしても好感が持てる。
ハネケ作品のどれをとっても痛々しく皮肉的で酷い絶望感が漂っている訳なのだけれども、
どう云う訳か例えばインタビューなんかでのハネケ監督はとても穏やかで思慮の深い人にしか見えないのがまた不思議である。
暴力などにに関する話が多いのに直接的な描写が意外と少ないのも(ファニーゲームは除く)監督の慎重さが伺える。
そしてそれが逆に妙な現実感を持ってしまう不思議。
自分の中の隠された感情を暴露されてしまうハネケ作品、小鳥を渡した少年が純粋とは思うなかれ(ある意味では純粋かもしれないけれども)とは、なるほどである。
確かに誰かに気に入られたいと云う打算的な性質を多かれ少なかれ誰しもが持ち合わせているのではないか。
それらを目の前に突きつけられるこの感覚、それがまた癖になってくるのだ。

ところで最近、TVシリーズの"Medium"をひたすら見続けているのだけれども、
何話目かで聖書から引用されたのと似た様な文句が『白いリボン』でも引用されている。
見た夢が現実になってしまうと云う子供が出てきたりとなかなかタイムリーな要素も飛び出てきてなんとなく因縁深い。
観るべくして観たのだなと云う不思議な感覚で劇場を後にしたのであった。

何回でも観たい作品...長いけど。