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インフル病みのペトロフ家

Films: May.2023『インフル病みのペトロフ家』ほか

Jun,01 2023 12:30

アルバムと新曲でマルチタスク気味かつ、ドツボにハマってなかなか作業が進まない5月。
色々乱れてるせいか、本数も少なめなものの、普段あまり観ないものも多かった印象。
新作系が結構多く、レオス・カラックスの『アネット』に始まり、スピルバーグの自伝的な『フェイブルマンズ』、少し前のサム・メンデス『1917 命をかけた伝令』に加えてダニエル・クワン、シャイナートの『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』となかなかの傑作揃い。
再鑑賞ものとしてはシドニー・ルメット『セルピコ』に、数えきれないくらい観てる『レッド・ツェッペリン/狂熱のライブ』、前に観た時はLDの『ハート・オブ・ダークネス / コッポラの黙示録』と良いラインナップ。
5月で印象深かったのは、お初な香港の女性監督、アン・ホイの『望郷』に『黄金時代』で2作ともとても良かった。他のも観てみたい。
そして、ちょいちょい挟んでいた日本映画の中でも木下恵介『大曽根家の朝』に溝口健二『雪夫人絵図』は期待を裏切らないと云うか、流石な安定感。
Amazonの『インディーズフィルムチャンネル』で鑑賞の『ティコ・ムーン』に『天国で殺しましょう』は、フレンチ'90'sなミニシアター感がとてもノスタルジー。
そんな具合で、色々と悩んだ末に5月の顔は『LETO -レト-』と2本立てだったロシアのキリル・セレブレンニコフ監督の『インフル病みのペトロフ家』に決定。

音楽や映画が大事なのは勿論なものの、無理が効かなくなっているのでちょっと生活の乱れを直さないとと思う今日この頃。

観た映画: 2023年5月
映画本数: 17本

天国で殺しましょう

サシャ・ギトリの元のやつより先に観ちゃった。普通に面白いんだけども、表面的な筋とオチだけ見ると、全然綺麗に話がまとまってない感じで余計に面白い。物事の表面だけで判断する危うさと人々の盲目具合によって成り立つ天国ってのは正にこの世の事だわね。相手の不在の瞬間と達観した先生の視線だけが真実ってくらいに黒々しい作品。全盛期って感じのジャック・ヴィルレとリヨンの田舎ロケが失われたフランス感があって大変良い。

鑑賞日:2023/05/31 監督:ジャン・ベッケル


雪夫人絵図

雪夫人絵図

相手の心を計りきれないが故の人生のままならなさ。やりたい放題の柳永ニ郎にいぢめられ、能面の下で悦ぶ旧華族役の木暮実千代。を、どうにもできない現代イ⚪︎ポ系男子役な旧華族の本物ボンスケ上原謙(美男過ぎ)。と、お手伝い立場から見守る旧華族な本物お嬢な久我美子の図。もはやそう云うプレイな領域で新東宝っぽい。そんな事してるうちに子飼いの山村聰に全てをかっさらわれる没落貴族モノって事で、人間は表面だけじゃホント分からんなってのが隅から隅まで実に良く描かれている。熱海の別荘に雲がかかる芦ノ湖にとロケーションも素晴らしい。

鑑賞日:2023/05/28 監督:溝口健二


ティコ・ムーン

ティコ・ムーン

懐かしい感じの'90年代渋谷的雰囲気SF感。雑コラみたいな背景やらでも人間は脳内補完できるんだってレベル(当時は最先端)で、CGでクオリティ上げてく現在とは全く違った趣きがある。『バンカー・パレス・ホテル』同様なディストピア具合で、監督本人やらメビウスやらフランスの漫画界はこの手のがホント良く出来てる。で、豚扱いのナポレオンでフレンチ式自虐も最高。ピッコリ筆頭に有名どころなフレンチ役者勢揃いで華やかな感じなんだけど、おかっぱ偽娼婦役の絶頂期ジュリー・デルピーばっかり見ちゃう。B.Bのテーマの組み合わせも良い。

鑑賞日:2023/05/27 監督:エンキ・ビラル


フェイブルマンズ

一歩間違えば恵まれた他所ん家のホームムービーを見せられてる気分なりかねないけど、キッチリしっかり面白く作る流石なスピルバーグ。カメラ越しに暴かれる良い事と悪い事の洗礼を受けて、それでも尚その道を行く割礼済みの青春で熱い。芸術、科学、宗教に加えて愛情模様で家族それぞれ別方向を見ていながらも意外と結束してる感じと、焚き火の三脚は上手い事組み合わせれば崩れないドヤァとぼっちなポール・ダノが言うシーンの人生ままならさ具合が泣ける。締めのやっぱジョン・フォード(リンチ)はスゲェやからの、フレーム修正が超萌える。おばさんでも精霊の如く踊るスケスケなミシェル・ウィリアムズも良かった。

鑑賞日:2023/05/25 監督:スティーヴン・スピルバーグ


エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス

エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス

バース・ジャンプに必要な男子小学生レベルネタに、超シンプルな優しい世界は『スイス・アーミー・マン』と共通していると思われる。ズッポリほかしょうもないネタで笑いを取りに来る卑怯さにまんまと爆笑する。別宇宙を映す円形の鏡に始まり、色んなとこの丸が行き着く先のドス黒いベーグル。これに対峙するのは丸石の姿勢かサードアイかって事で、チャクラ開いてからの畳み掛けがスゴイ。イケてる多元宇宙とどん底なこの宇宙の私を『千年女優』みたいな演出でやってみたり、あっちこっちの映画のパロディが詰め込みまくりつつ、散々忙しくしながらも綺麗にまとまってて恐れ入る。そんなかんなで求めるべきはifの私ではなく、目に映るこの世界を享受し工夫次第でどうにでもなるよって事で前向きな実に良い話。そんな優しさのヒントを与える旦那さん役の顔と声のトーンに既視感ありまくると思ったら『グーニーズ』、『魔宮の伝説』に出てたアイツだった。とりあえずマルチタスクはやめようと思わせる映画。

鑑賞日:2023/05/23 監督:ダニエル・クワン、ダニエル・シャイナート


けものの眠り

けものの眠り

いわゆる清順っぽさなトリッキーなところを期待すると少し物足りないんだけども、映画としてはかなり良く出来てる。正直者は馬鹿を見るか見ないかって事で、けもの部分と人間の間をフラフラする芦田伸介の基本筋のところから始まり、全般に渡って駆け引き上手な清順。プロパンやら種やらの伏線がまた上手い。大した事ないシーンのキレキレなタイミング演出とかも最高。で、改めて長門裕之は睡眠薬のとこから細かいとこまでいちいち演技が上手いなとしみじみ思ってしまった。ドス黒い大人の世界の中にあって、まだ声が焼けてない吉行和子のピュア度が切ない。

鑑賞日:2023/05/21 監督:鈴木清順


ハート・オブ・ダークネス / コッポラの黙示録

四半世紀くらい前に借り物のLDで観たのが最後でようやくの再鑑賞。無茶をしている映画はメイキングも面白い。劇中よろしくどんどんディープな領域へ進む一方通行の川下りな具合で、各人が追い込まれまくってて地獄の様相。運命共同体で一緒に地獄入りしつつも、きっちりしっかり記録するコッポラ嫁で非常に良い仕事してる。ハーヴェイ・カイテルのウィラードは無くても良かった気はするけど、オーソン・ウェルズの『闇の奥』は実現して欲しかった。ベトナムの時代に合わせたモダンバージョンだからこそ成功してるとこはあるとは思うけど。'90年代当時は貴重なボツ映像満載な具合で、後のファイナルカットやら特別完全版なんかでコッポラが何をどうしたかったのかが詰まってる感じなのがまた面白い。

鑑賞日:2023/05/19 監督:エレノア・コッポラほか


黄金時代

黄金時代

戦前戦中の中国の文壇と蕭紅を知らなくても楽しめる様になってる。ノリ的には『放浪記』のそれって感じで、貧乏と恋愛とで波乱満ちてる具合で、林芙美子感はある。字面だけでときめく(飯的に)黒竜江省スタートであっちこっちを転々とする辺りも重なるものがある。結構飯描写が沢山あるんだけど、ギリギリ映らない感じが少々残念。蕭紅の記憶から成る、四季の移ろいになぞらえたかの様な生の記録で、映像も美しく構成も上手い事出来てる。タン・ウェイのズタボロ演技も見事。各人の唐突なカメラ目線とドキュメンタリータッチも嫌いじゃない。劇中でも中共出て来るだけで雰囲気変わるけど、進歩的な時代の後に控える文革って考えると、これはまさに黄金時代。

鑑賞日:2023/05/18 監督:アン・ホイ


望郷

望郷

本筋ではないところにツッコミ入れるのは何なんだけども、日本語が崩壊っぷりがあまりにあんまりでヤバい。ベトナム戦争終結後の現地を描いているものの、完全なる香港映画仕様。なんだけど、華僑って訳じゃないから混乱する。世界に向けての表面と裏面、貧困の戦後の実態で割とエグめな描写が多数で赤い国に雰囲気は盛り沢山。畜場に地雷除去班に加えて、文字通り木っ端微塵に火だるまと適当+やりたい放題で映画としてはなかなか面白い。非人道的な所業なんかも多数でドン引き必至。芸術家は真の同志だ!と言いつつ連行される局長に『左遷』って言葉がハマり過ぎて痛い。美談っぽいストーリーとしてなんだろうけど、自称日本人の気まぐれな情けは良いのか悪いのか分からん。で、結構なデビュー作となったアンディ・ラウ。

鑑賞日:2023/05/13 監督:アン・ホイ


鯨神

切支丹の島でありながら、狂信的なまでの鯨神への執着でジーザスが霞むレベル。で、老若男女各人の自尊心が色んな方向向いてて結構カオス。伴天連の教えも虚しく命を粗末にする事が、イコールこの地に住む者の使命でもあるって事で、宣教師泣かせの国だわね。黒光り度に荒くれ度マックスな勝新と本郷功次郎を中心に男女の設定も深みがあり、ストイックな新藤兼人脚本で良く練られつつ熱い仕上がりになってる。何より鯨セットのデカさが、制作の本気度を感じさせる。と、ワシも十年若かったら〜と安全圏から発破をかけまくる志村喬。

鑑賞日:2023/05/10 監督:田中徳三


LETO -レト-

LETO -レト-

事実をもとに着想を得ているが、色々脚色してる(ドンッ!)とエンドロールで宣言されてしまった以上、時折サウンドが'90~'00な感じになってるのは良しとする。ソ連的伝説のヴィクトル・ツォイ(キノ)を中心にって事で、随分前にせっせとロシア語講座見てた時にも紹介されてたな。日本人から見るとニューウェイブ+長渕様な雰囲気を醸し出す感じで決して嫌いじゃない。映画としては当局にギュウギュウにされながらも、西側文化に憧れる東側のお忍びの実態のあれこれな具合でなかなか楽しい。チャイコフスキーやチェーホフ、ドスト氏などの時代とは異なり、国家による枷の結果か'80年代の文化は完全に受けな印象は否めないけど。空耳常連な『サイコ・キラー』、『パッセンジャー』に常時神曲な『パーフェクト・デイ』の妙なアレンジと煩いアニメーション、ジャケ再現のやつは良いのか悪いのか、要不要か判別付かない。で、キノの映画を木下グループが配給するミラクル。先輩嫁の役者さんカワイイ。

鑑賞日:2023/05/09 監督:キリル・セレブレンニコフ


セルピコ

忘れた頃にやってくるシドニー・ルメットの波って事で15年振りくらい。実話な社会問題って事で、なかなかの腐れっぷりなUSA。賢い王様スタイルで正義を追求するとスターリン主義かと突っ込まれるって云うやつ。自分が正しいと考える事が実は間違ってるのではないかって不安と戦える人の話なんだけど、何かって云うと差別だなんだと大小国籍問わず当てはまる問題でもある。各人の大義で普通にモラルを犯すのや無関心やその他諸々で成り立っており、それらと戦うにはそれなりの覚悟が必要って云う歪んだ社会構成。倒置法演出で、最大限に傷ついて初めて発信力を持つってのも皮肉なもんで。アル・パチーノ全盛期な具合でキレ演技のキレが半端ない。傑作。

鑑賞日:2023/05/07 監督:シドニー・ルメット


1917 命をかけた伝令

スコことジョージ・マッケイ以下、ブリテン面を揃えるだけ揃えたキャスティングからして成功してるんじゃないか。イベント盛り沢山な一本道のRPGみたいな長回し風って事で、あちこち何となく繋ぎ目を感じつつも良く練られている印象。有名なWW1の劣悪塹壕環境(あっちにはベッドがありやがる...など英独比較あり)のみならず、至る所にぶら下がってたり転がってたりする不毛な争いの産物も良く出来ている。この戦争が生んだ塹壕の長さの如くから続くひたすらのワンウェイって作り方で、ラスト近く敢えての塹壕抜ける演出はちょっと鳥肌もの(特撮感がスゴいけど)。赤ちゃんあやしてからの独兵圧死なんかもなかなかエグい。そんなかんなで、草原に始まり草原に終わりほっこり締めつつ、またミッション・インポッシブルのループが続きそうで嫌だねぇ。大袈裟過ぎな劇伴以外はかなり好き。

鑑賞日:2023/05/05 監督:サム・メンデス


レッド・ツェッペリン/狂熱のライブ

基礎部分に影響受けまくってるのを再確認。20分の『幻惑されて』(のボウイングのとこ)だけ観るつもりが、久々に通しての鑑賞。14、15歳の頃から聴き続け、事あるごとに音の太さを求めてツェッペリンに戻ってる気がする。映画としてはお粗末なものの、ライブ版的に脂の乗った頃でまぁ圧倒的。縦横無尽って感じのライブ仕様な『永遠の詩』からの『レイン・ソング』はいつ観ても堪らん。ものの、憧れ過ぎてWネック買った当時の自分は叱りたい。

鑑賞日:2023/05/03 監督:ピーター・クリフトン


大曽根家の朝

大曽根家の朝

GHQ指導による反戦映画って事であるも、ここぞとばかりな具合で鬱憤を晴らしまくってる感がある。戦時下陸軍省プレゼンツの前作『陸軍』では田中絹代の名演技と共に検閲ギリギリのとこを突いてたのが、今作はかなりはっきりと批判が込められている。自由主義一家に居候する軍国主義って云う設定からして良いんだけど、前作同様に我慢して我慢してって云う筋で、サンドイッチ状態の末に爆発杉村春子がまぁ素晴らしい。ラストの嗚咽のシーンとかかなり来る。東野英治郎の台詞『日本はもっとのんびりやらにゃイカン』ってのに現在にも共通した真理がある気がする。そして、国家の犠牲になる者への追悼の如く、日の丸寄せ書に自らの名前をしたためる監督にグッと来る。

鑑賞日:2023/05/03 監督:木下恵介


インフル病みのペトロフ家

こっちまで具合が悪くなりそうな朦朧映画。70年代の頃の記憶と、どうしてこうなったって云う現代のどよーんとした感じの行ったり来たりで、東側の懐古主義って云う珍しいものが伺える。更には記憶の裏側(モノクロ)までやって、結局のところそんな変わってないみたいなオマケもあるんだけど、まぁ各シーンの色味設定の妙。で、各所の長回しな場面展開の力の入れ具合が異常。国そのものが病んでいるかの如くって事であらゆる種類のアナーキーさを盛りまくり、音使いではゴリゴリなロシアンNew Waveにアコーディオンのヴィヴァルディやらヘンデルの組み合わせとで、総じてかなり攻めてる。雪『むすめ』(絶望)。

鑑賞日:2023/05/02 監督:キリル・セレブレンニコフ


アネット

やってる事はアレックス三部作の頃からそんな変わってない気もするんだけど、うーん。カラックスと好きでも嫌いでもなかったスパークスののっけの若干すべり気味なのから、そのまま最後まで行った感じ。ミュージカル風な曲にしましたって具合のやつを隙あらばねじ込んでくる上に、歌で説明過多な状態。フランス人が好きそうな演歌に近い曲調のメインテーマはともかく、ミュージカル作品的な繰り返しのモチーフなんかの音楽がいささか退屈に感じてしまった。ものの、映像的には文句なしだし、制作側のアダム出しときゃ間違いないだろってのが納得なアダムの存在感と演技力、そして各所でクオリティが高いのも事実。metooの人の下りとかホントいらん感じがするけど。カラックス作品に求めるフレンチ感がマリオン・コティヤール以外に見当たらないのと、ドニ・ラヴァン(代わりにアダムか...)がいないのがいまいちな原因かしら。

鑑賞日:2023/05/01 監督:レオス・カラックス