Cycle (EP)
Nov,12 2021 14:00
Cycle EP
Introduction
2021年11月5日リリースの『Cycle』は夏秋冬春の4つのイメージと4つの演奏スタイルで四季を表現したotomのアコースティック作品。
浮遊感のあるギターサウンドで作品を発表し続けているotomによる、様々な要素を削ぎ落し楽曲そのものの魅力を追求したEP。
4曲のほとんどがボーカルとアコースティックギターを中心としたサウンドとなっており、今作はotom特有の楽曲アレンジは最小限にとどめられ、より根源的な方向を意識している。また今までの楽曲の何層にもレイヤーを重ねたボーカルから、より純粋なトーンへと変化、重視しているのも今作の特徴でもある。アルペジオ、ツーフィンガー、ストローク、スリーフィンガーのギタースタイルでそれぞれの曲のイメージを振り分けられてもいる。世界と自分自身との距離を見つめ返す内容の歌詞とotomが影響を受けた'60年代のアシッド・フォークなどからジョン・ケイル等のエクスペリメンタルポップ、'90年代のシューゲイズ、オルタナティヴシーンなどの要素を至る所に吸収しつつ、少しクセになるタイプの楽曲を並べた一作。
Dice
刹那の幸福についての歌。2004年の夏頃にできた曲である夏の一日をイメージした歌詞となっている。オリジナルは2nd Album『Voice Called From Within The Wall』(2004)の中核の曲として収録。3種類のギターとボーカル、コーラスで構成され、日本語歌詞に変更した曲。流れる様なアルペジオとアクセントの変拍子が特徴。David GrubbsのフレーズやPaul McCartneyのアコースティックソングに影響されている。otomの初期作品の中でも思い入れの強い曲の一つ。
Paradise
世の中の正義の在処についての歌。2011年頃のフレーズをベースに2020年の秋頃に作曲した未発表曲。爪弾く様なツーフィンガーに近いスタイルのギターフレーズ、それに重なるボーカルのメロディで構成。アレンジを最小限にとどめたシンプルさを求め、冬に向かうもの悲しさを漂わせる曲となっている。
Lie
良い嘘と悪い嘘をテーマとした曲。2004年から2005年の冬に作曲。オリジナルは『The Night In The Rainbow』(2005)に収録。ストロークで演奏されるギターとエレクトリックピアノのフレーズ、切なげなボーカルメロディで編成されている。緩急のあるドラマチックな曲するべく作曲された。このEPを制作する際に日本語歌詞へ変更。人生最後の高音の『レ』の曲に位置付けている。
Mvsevm
自分が選ぶべきもの、自我の目覚めについての歌。2010年の春頃に完成されていながら、長く未発表だった一曲。このEPを制作する際に日本語歌詞へ変更している。強く影響されたSimon & Garfunkelの様なスリーフィンガースタイルに加えて、少し変わったフレーズを追加している。当初のタイトルが自身の名前の『otom』としており、特に気に入っているメロディの一つ。現在のタイトルはフラナリー・オコナー著『賢い血』の中に出てくるものから引用。読みは『ムヴシーヴム』でも『ミュージアム』でもお好きな方で。
Release Note
2021年11月5日リリースの『Cycle EP』は四季の移ろいや巡り合わせをテーマとした『Seasons』(2019)から更に踏み込んだ作品。
一曲の中での緩急や楽器編成のアレンジ、歌詞で四季を表現した『Seasons』から細分化し、『夏』『秋』『冬』『春』のそれぞれのテーマを元に楽曲を配置。今作は様々な楽器の多重録音は行わず、ボーカルとアコースティックギターを主な軸とした楽曲の流れで緩急をつける事を重要視している。各曲の演奏スタイル、最小の追加音色の効果的なアレンジでより根幹的な表現を追求。慣れ親しんだ手法から脱却し、肉付けされていない曲そのものが持つ力を引き出すべく制作された一作となっている。
前作『Novel / Timshel』リリースの前より季節に因んだアコースティックEPの構想を練っており、曲選別とスタイルの組み合わせを半年ほど模索。過去作に収録された曲、未発表曲の中で思い入れが強く、メロディの美しいもの、その楽曲が作られた季節や背景、空気感を元に構成している。
『夏』から始まり、『秋』『冬』を経て芽生えを感じさせる『春』で締め括る並びは構想の初期段階から変わらずに、そのままの形で完成された。
楽曲決定の後、昨年末から基礎部分の録音を始め、『Novel / Timshel』後よりアレンジと編集を行う。各曲の音量やトーンの統一感を出すべく、ミックス、マスタリング作業に2021年の一夏を費やす結果となった。
いつもと異なるアレンジでありつつも、根幹の部分では作風が共通している事に改めて自己認識を深めたのが今作『Cycle EP』になります。
Dice
『夏』テーマとした曲。2004年リリースの2ndアルバム『Voice Called From Within The Wall』に収録。このアルバムにおける核の一つとした曲で、『Cycle EP』では日本語歌詞にボーカルを変更のほか、多くの部分で再構築。2004年の5月に1stアルバム『November Morning』をリリースした後の夏のある朝に作曲。
流れる様なアコースティックギターのアルペジオとフレーズは10代の頃より慣れ親しんだ『Blackbird』等のポール・マッカートニーのギタースタイルに強く影響を受けている。また、ボーカルの合間に挿入されるエレキギターは当時20代の頃に良く聴いていたシカゴの音楽家デヴィッド・グラブスのフレーズに影響を受けている。普段使用のシングルコイル系からレスポールのハムバッカーの太いトーンで遊び心を入れつつフレージング。そしてソロと肝の部分にはナイロン弦のクラシックギターで演奏。それらに包まれる様にして、いつもよりテンションを抑えたボーカルに柔らかいコーラスと云う構成となっている。
何かを続ける時に好きだけではやって行けない様々な事情がある。焦りであったり環境的な問題であったり、或いは好きを通り越して続ける事が生活の一部となっていたとしても時としてそれが苦痛になる事がある。そんな日々の中で、ふと見つけた全てを忘れる開き直りの瞬間、苦しい中にもそんなものが存在する発見と喜び、それらに身を委ねる事があったって別に良いじゃないと云う内容の歌詞となっている。
2021年の春から夏にかけて再構築と録音を行い、『Cycle EP』のオープニングトラックとなる。
Paradise
夏の夕暮れから秋の訪れのSEから始まる『秋』をテーマとした曲。2011年頃に基本的なAパートのフレーズ、メロディを作り、長い間ストックされていたもの。爪弾くスタイルのギターフレーズはotomの他の作品にも多く出てくる。『秋』の作品らしく、下降のギターフレーズでの展開をしつつ、上昇のメロディと自己問答的なスタイルで歌い上げている。Bパートのギターフレーズ、メロディは2020年頃に今作の展開として作成。ギターとボーカルのユニゾンで強調されるメロディラインに対峙する様に掛けられたリバースエフェクトが特徴。
世の中に溢れている耳触りの良いものや様々な偽善に対しての疑問、本音と建前が錯綜する世界によって落ち込んで行く疲弊。その中で眠りを求めると云う内容の歌詞。そんな翳りをみせた世界にそれでもまだ期待を捨てきれない哀しさを歌っている。
2021年の春から夏にかけて再構築と録音を行う。
Lie
吹き荒ぶ冬の風から始まる『冬』をテーマとした曲。2005年1月リリースのEP『The Night In The Rainbow』に収録。シンプルなギターストロークの曲ながら、要所に配した決めフレーズと強弱、緩急を重視。2004年の身を切る様な冬の寒い日に出来た曲で、新たに書いた日本語歌詞の内容も同様にある冬の日の出来事を歌っている。
柔らかいトーンのエレクトリックピアノのフレーズとアコースティックギターのストローク、ボーカル、コーラスが同時進行し、終盤にはオルガンによって空間を埋めて行く構成。少ないコードの中でメロディを展開させて行くotom初期作品でも頻繁に登場する手法で、そこから一つのコード展開で得られる最小にして最大の効果の狙いの元に作られている。
若さや無知による出口のない問答が主なテーマとなった歌詞で、そんな意地や幼さの結果失われたものについて歌っている。時が過ぎて初めて気付く決裂の分岐点と後悔、無力さを表現してもいる。また、この曲はEP『The Night In The Rainbow』収録にして2016年に日本語歌詞のシングルとしてもリリースされている『Hidden Sun』とも密接な関係のある曲でもある。ある日見た夢を歌った『Hidden Sun』の歌詞で表現される不安やメタファーがこの曲でも再び登場する。人生における浮き沈みは弧を描く様でいて、全ては周期的なものである。逆説的に考えれば春の訪れ、実感を得る為には冬の存在は必定であり避けては通ることができない。そんな意味合いから哀しみの曲がこの場所に存在している。
Mvsevm
雪解けと芽生えから始まる『春』をテーマとした曲。概要にも触れた通り、2010年頃に作曲し未発表となっていたもの。長らくタイトルが自身の名前のotomだった事もあり、メロディラインは自身のフェイバリットの一つでもある。草木や花が萌え出るかの様な風景をディレイを掛けたギターで表現したイントロから始まる。音楽を始めた10代前半より未だに影響を受けているサイモン&ガーファンクルに倣ったスリーフィンガースタイルのギターに、こちらも強く影響を受けているザ・ビーチボーイズに頻繁に出て来るコード感が基本となっている。また、若干ドゥルッティ・コラム風な間奏は整然とした演奏と暴れるディレイとで生まれるの心地良い不安定さを追求している。
それらの上に切実なトーンで歌うボーカルが重ねられる。流行に身を委ね、消費活動する事に疑問を持たない生活がある。それらを実感し、潮流に染まらず生きる新たな決意と抵抗と云う内容の歌詞となっている。迷走の末に選択した数ある中の一つの到達点へと辿り着き、思考の芽生えを持ってして『春』のイメージとした。形成されゆく堅固な鎧と意志の力を重厚感のあるストリングスで表現しつつ、次の季節の予感と共にエンディングを迎える構成となっている。
Outro
これらの様な思いと意図を込めた新作『Cycle EP』になります。いつもの雰囲気とは異なり少しクセがあるものの、四季のテーマを元にした統一感を大事にしつつ、願わくばレナード・コーエンの様な風化しない音楽、特定のジャンルに落とし込まれない音楽でありたいと云う意気込みで作った作品です。
どうぞ楽しんで下さい。
『Cycle EP』は2021年11月5日より、Spotify、Apple Musicほかにて配信中。
Lie (Piano)
Cycle EP収録の『Lie』のピアノバージョン音源を2021年11月19日よりBandcampとSoundCloudにて公開中。
『The Night In The Rainbow』制作直後にできた長らく未発表だったバージョンで、今回リリースあたり全て再構築しています。
Video (Dice form Cycle EP)
☞ Cycle EP / English Commentary ☜ ☜
category: ep
tags: アコースティック, インディー・ロック, エクスペリメンタル・ポップ